明日を変えるには「死を意識する」必要性がある。誰にでも当たり前にある死の確率。




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「明日死ぬ」を意識している人があまりにも少ないので書いておきます。

僕は病院で勤務していますので、一般の人に比べると死に近い場所で仕事をしています。葬儀関係の人の方が死というものに近いとこで仕事をする機会は多いでしょうが、病院という環境は生と死の間に一番近い環境なんです。

そんな中で感じるのが「自分も明日死ぬかもしれないんだな」ということです。

明日死ぬかもしれない今日がある

人間って死にます。本当に簡単に。

比率的に言えば少ないんですが、50代病気で死ぬということはあります。もちろん事故などでそれよりも早く死ぬ人間は確かにいるんですが、健康だと思っていた自分が明日にでも癌を申告され、いきなり死を意識するというより意識せざるを得ない状況に陥ることはゼロではないんです。

これってあたり前のことなんですよね。明日の自分が予想・予測するのは不可能な訳ですから、誰にだって当然にある確率なんです。

誰も死なないと思っている

だけど誰しもが「明日は死なない」と思っています。

正確には死なないというより生・死という感情をそこに抱かないと言った方がいいかもしれません。

なんども言いますが、死ぬ確率はゼロではないです。

死ぬ確率がゼロではないと意識したら

今日あなたがやった1日は明日死ぬとしても繰り返すでしょうか?もし繰り返すのだとしたらあなたは明日死んでも後悔しないということでしょう。

しかし、そこまではっきりとうなづける人はそういません。

それだけ自分の本当にやりたいことややるべきことを意識して行えている人は少ないのです。

しかし、死を意識することでそれはかすかにですが見えてきます。見えてこなくても今の自分の現状が本当にやりたことなのか否かということは理解できると思います。

死を意識しましょう

それは単純にネガティブな思考ではありません。自分の生きるという事実をもっと確かなもので実感できるようにするために「死を意識する」ということは必要です。

早ければ早いほどいいでしょう。

毎日の日常を少しでも変えたいと思っている人はまず「死を意識する」ことから始めてみるといいでしょう。




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