僕らは便利を買っているんだなと。制限することで自分の中の相対的なお金の価値を下げる。




スポンサードリンク

お金が大事なことは重々承知ですが、大事なばかりにそのお金にとりつかれ身動きが取れなくなるのが嫌なんですよね。

多分お金が余りあるほどあるか、もしくはお金を極端に持たないか。どちらかに置かれて初めてお金から自由になれるんじゃないかと思うんですよね。

ところでお金って何に払っているか考えたことありますか?

僕らは便利にお金を払っている。

例えば車がいい例でしょう。車の何が便利かというとガソリンさえあれば遠くまで連れてってくれるところですよね。

アクセルを踏めば当然前に進みます。例えば週末に郊外のカフェにいこうと思えば疲れることなくその場所まで行くこともできます。

非常に便利です。

でも別に車を使わなくてもじつはその場所にいこうと思えば行けるんですよね。その方法が徒歩なのか自転車なのか、とりあえず車だけが選択肢ではないんですよね。

もちろん徒歩でいければタダです。これが一番お金を使いません。

自転車にしても初期費用さえ払えばタダ。

時間という概念を無視すれば。ある地点まで行くという目的はどの選択肢でも到達できます。

しかし人はそれぞれに便利さを求めるものです。

自家用車があれば、ある程度時間を気にせず好きな時に出発し、短時間で目的地に到達します。

徒歩であれば到達するまでの時間を捨てなければなりません。

公共の交通機関を選択すれば、乗り物に乗る時間を考慮しなければなりません。

そこにお金を支払えば便利さを買えるわけです。

ネットだってタダじゃありません。情報を手軽に手に入れたければ、PC代金、回線料金などを対価として支払わなければなりません。

つまり僕らは便利さにお金を払っていることが多く、そしてそのコストはカットしようと思えばできるということです。

だから僕は不便で相対的なお金を価値を下げたいんですよね。

最近週末の休みには車を使うことを制限しました。車を制限することに慣れることで将来的に車を無くせる生活になれば、そこにお金は必要無くなります。

つまりは生活コストが下がる。=お金がいらなくなる。

こういう風にベクトルを進めていければ生活するためのお金の価値は相対的に下がっていきます。つまり、お金が余り必要じゃ無くなる。(自分の中で)

これがお金に縛られない生き方じゃないでしょうか?

ちょっとこの方法でしばらくお金の価値を相対的に下げていこう思います。僕が生きて行く上で本当に何が必要なのかを見極めるために。

この感覚いいな。

それでは、月見水太郎(@tuki_mizu)でした。




スポンサードリンク

\心の底からシェアして欲しい。/

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。