30代と60代の死との距離感。その絶対的な距離の違いに感銘を受けました。




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ある一冊の本のタイトルの話をしていて、年齢によってかなり考え方が違うんだなーと思った話です。

その一冊というのが「明日死ぬつもりで今日を生きる」という感じのタイトルなんですが、このタイトルが表す意図の部分でこんなにも感じ方が違うのかと認識できた話です。

僕は30代で相手は60代だったのですが、その差は約倍!この年齢差で物の感じ方は大きく違うんだと再認識しました。

僕のもののみかた

僕がこのタイトルから感じ取った事は、すごいポジティブな考え方だったのです。

イメージとしては「今日をより良く生きるために、明日の死を意識しなさい。」端的に表すとこんな感じです。

僕も最近明日の死を意識する事を少しずつですが習慣化できてきています。

大抵の人間は今日という日を漫然と生きていて、日々の閉塞感の中「何か変化を」と思いながら何も変わらない日常を過ごしています。(僕がかなりそんな感じでいきていたのですが)

なぜそんな事が起こるのかというと、死を身近に感じていないからなんですよね。

ひすいこたろう氏の著書なんですが、この辺読むとちょっと考え方変わりますよ。

死を意識するかしないかで、今日という日の生きかたの丁寧さが大きく変わります。

60代のもののみかた

60代のと書きましたが、個人の考えなのであくまでも一般論とは言えないんですが、僕はちょっと感心しちゃいました。

その方はこう言いました。「このタイトルを見るとすごく悲しく感じる。」

えっ?なんで?と僕はその時思ったのですが、詳しく聞いてみたいと思い話を続けました。

「私ぐらいの歳になると死を感じるのが当たり前になる。だけど私はその死を見たくなくて、意識できるんだけどあえてしないようにしているの。」

「だからその本のタイトルを見るとちょっと切なくなるなー」

おー。すごくリアリティある言葉に僕は脱帽せざるを得なかったです。

歳の差で感じるもののみかたの違い

この話を聞いた時に僕はまだまだ死をリアルに意識できていない事がわかりました。本当の死が身近にある人は、「怖さ」だったり「切なさ」みたいなものがあって、だから今日をもっと大事に生きよう!という思いがありつつネガティブな思考も混在する。

かなりセンシティブな思いがあるんですね。

僕は死を意識する時にそこの「怖さ」や「切なさ」という思いのウエイトはかなり低いです。まだまだどこかで「死なないだろう」という意識があるんでしょう。しかし、本当の死が身近にある人はもっとその思いが強くなる。そう感じました。

多分、死との距離感がそうさせるんだと思います。

僕も意識するようにしているのですが、本当の意味での死との距離がその人とは全然違うと感じたんですよね。

ある意味この差は埋まらないのかも。

月見的(@tuki_mizu)見解

こんな感じで高齢者の方と今の自分との死の概念ってやはり違うなーと再認識しました。

自分と違う誰かから学ぶ事って多いなー。もっと感覚の違う人とどんどん話していかなければと思う今日この頃です。

死との距離感をもっと意識して今日という大切な1日をもっと大事に生きましょう。




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