心に「答え」を持っている人が僕は嫌いだという話。




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2016 08 07 11 13 07

タイトルの通り、僕は心に確固たる答えを持っている人が嫌いだ。

自分の中の信念を武器にして振りかざすし、それが正義だと勘違いして悦に入って周りをむやみに傷つけるからだ。


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なぜ正そうとするのか。

自分の中に人生の指標があってもいいし、信念があってもいいのだけど、それは答えではないし本当の意味で正解などとは言えないことを理解すべきだと思う。

前にも記事を書いたんだけど、人に干渉しすぎる人がいる。他人の行動が自分の答えて逸脱しているとどうしても口を出してしまう人。そして周りを巻き込んでその人が正しくないことを議論し正そうとする。

そもそも「正解」というものが何なのか僕には全くわからない。

千差万別とはよく言ったもので、人が1000人いれば1000通りの考え方がある。

そのうちなんとなく似通った考えや思考が、マジョリティとなって「正解」というものができるみたいなんだけど、それって少数派を断罪するための理由になんてならない。

働き方が気になる部下や後輩や同僚がいたとして、それは働き方の違いなだけで間違った働き方をしていると決めつけるのはどうかと思う。

例えばサボりぐせのある誰かはよく休憩する人なのかもしれないし、たとえそれで労働力が一人一人違ったとしても、比べる必要はどこにもない。

もちろん経営レベルで見れば問題が出てくるかもしれないが、それは評価なり給与なりで調整すればいいだけで、こうあるべきだ!などとという取り締まりは必要ない。

そもそも、人がサボっているのが気になる人は「自分はこれだけ働いているのに。」という嫉妬みたいなものがあるんだと思う。

サボることができない自分とサボることのできる他人を比べて、悔しさがこみ上げてくるんだとおもうんだけど、それで他人を無理に攻撃することは教育ではない。

だから、僕は自分の中にあらかじめ「答え」を用意している人が嫌いなのだ。

最近読んだおすすめ一冊。

一冊の小説のようなストーリーがあるんだけど、これは立派なビジネス書である。

「自分の中に答えを持っている」主人公がストーリーが進むにつれどんどんとその固まった思考から解き放たれていく物語があるんだけど、これが秀逸。

是非一読あれ。

月見的(@tuki_mizu)見解

心に揺るぎない信念を持つことは悪くない。でも他人にもその揺るぎない信念があることを忘れてはいけない。

もうお金だけを意識する働き方はナンセンスで適度に働いて、適度にお金稼いで、自分の時間を尊く生きていく生き方も一般的になりつつある。

「仕事だから」とつまらない常識をぶつけないで、「こういう働き方もあるよね」と気軽に考えたほうが、ストレスなく生きれるとおもうんだけどな。

答えを一つに絞らない。

それでは、月見水太郎(@tuki_mizu)でした。




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