悪口をいう人はそこに批判がちゃんと含まれているかを確認した方がいい。




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悪口はなぜあんなにも流行りの風邪のように蔓延していくのでしょう。

そこには何の生産性も含まれていない事を自分で認識した方がいいと思います。何より不毛です。

特に会社、職場では当たり前のように悪口が言われ、はてはストレス発散の飲み会にまで悪口を持ち込みそれは何のためのストレス発散の場なのかわからないような気さえします。


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悪口はみんなと同じ方向に向く事の愉悦により膨らむ

悪口の楽しいところはみんなとの意見が合致する事にあるでしょう。もし、一人で完結できる楽しみがあるなら、家で一人でブツブツと言っていればいいのです。

ある人の悪口を言います。その意見(というよりただの悪口)に賛同する者が現れそこに共感が生まれたとします。その部分に人間は喜びを感じてしまう生き物なのです。特に自分が生きていく上で不自由に感じている物事に対する理解は、麻薬的な快楽があるのでしょう。

そしてこの快楽の悪いところが雪だるま式に共感が生まれると止まり用もなく増えていくのです。職場でそんな休み時間を過ごしたいですか?その時間に本の一つでも、ブログを一つでも読む方がどれだけ有意義か考えるべきす。

しかもその悪口には何の利点も生産性もありません。

それでは何も意味がない事を悟るべきです。

なぜなら、悪口というものが大抵その本人のお及び知らないところで生まれ霧散して行く運命にあるからです。そんな暇があったら、その悪口の原因に対してどうするべきなのかを考えた方がずっと生産的です。

本人に届かない悪口はただの無駄時間にすぎない。

悪口をどうせ言うのであれば、そこに批判を含むべきです。

の著者でもあります。和田秀樹氏は本書の中で悪口ではなく批判をするべきである。と言っています。

すばらしいですね。この本さらっと読めるので一読してみてください。悪口の意味のなさを認識できますよ。

悪口は相手に伝わらなければただのゴミと一緒です。しかし、そこに批判が含まればその批判に対してどうすべきかの対策を考えることもできます。つまり、一意見となるのです。これには生産性があるでしょう。すこしでも良くしていこうという思考が生まれれば、悪口も意味のあるものになるでしょうしね。

月見的(@tuki_mizu)見解

ということで悪口の全てが悪いと言っているわけではありません。しかし、そのほとんどが意味のない時間へと姿を変えていることがひどく嘆かわしいのです。

せっかく悪口をいうならそこに批判を含みましょう。

悪いと思う部分は批評してその原因を探る。それぐらいするべきです。

あと、ただの悪口になっているなら安易に乗らない。その場限りの悪口ですっと気持ちを切り替える場合を除いて、相乗して悪口をいうのはやめましょう。




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