責任は半分持てれば良い。責任の所在を探したがる無知の大人に告ぐ。




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責任を負うことに疲れたあなたへ。その責任は本当にあなたの責任でしょうか?

仕事において「責任」が問われることは多いですよね。しかし僕は提言したい。責任ばかりを追求してはいい仕事できないですよ。

自己責任は大抵半分からしたぐらいだと思います。

以前紹介したphaさんの著書しないことリスト」にものすごく良いことが書いてあるんですよ。

ちょっと今の社会は、何か事件をおこしたり、生きるのが下手だったりする人に対して「自己責任だ」とか「ちゃんと考えて生きていればそんな風にはならない」とか、責める声が大きいということを感じる。

さらにこうも言っています。

実際は個人の努力でどうにかなることも多いのだけど、「すべて社会のせいだ」と考えると頑張る気をなくしてしまう。

だから、全部自分のせいでもないし、全部社会のせいでもない。「自己責任は50%。自分ではどうしようもないことが50%」というくらいに考えておくのが、自分に甘すぎず厳しすぎず、ちょうど良いくらいのバランスなんじゃないだろうか。

むしろすべての責任が自分にあるということ自体おこがましいという気さえします。仕事場でもそうですが、何かミスが起こった時にそのミスではなくその人を責めがちなんですよね。「人を責めずにミスを責めろ」と言っている人ほどそういう傾向ある気がします。

あと、「注意して仕事に取り組んでください」とか「意識をもって」とかいうかなり曖昧なアドバイスや注意をする人。こういう上司や先輩にも問題があります。

つまり、そこにも責任があって、仕事場全体にも責任があって、そして自分にも責任がある。pha氏は社会と自分とで半々といっていますが、僕は職場ではさらにそれが細分化されて、自己責任というものは半分以下良くて3割ぐらいじゃないかなーと思います。

別に責任を持たなくて良いというわけではありません。

こんなことをいうと仕事に責任を持たないものが増える。なんて極論をいう人がいますが、責任をまったく持つなというわけではありません。

バランスの問題なのです。

多分自分の責任が100%だという考え方だと仕事上のミスはより良く改善されることは無いでしょう。さっきも書いた通り「もっと意識を持ちなさい!」などという戯言をいう人が増えるだけです。

しかし、組織全体としてのミスだという認識をもてば、システムの改善でミスをカバーするような新しい対策を検討できるでしょう。

月見的(@tuki_mizu)見解

本当責任なんて半分くらいもてば良いんです。どうしようも無いこともたくさんありますし。

責任を追求するあまり、鬱にでもなってしまえば元も子もありません。最悪人生を無駄にしますよ。

なんで人は責任の所在が気になるのでしょう。特定の誰かを責めて良い方向に進むことが、何かすばらしいものが生まれることがあるでしょうか?

さてさて今日も僕は責任半分で生きていきますよ。

それでは、月見水太郎(@tuki_mizu)でした。




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