意地を張らずに頭を下げる。「損をする覚悟」をもつ重要性。




スポンサードリンク

2017 02 09 21 14 02

僕は同僚、後輩、先輩がどんなに挨拶ができなくても、遅刻してきても、私生活がだらしなくても、言葉遣いがひどくても仕事の能力が高く、仕事に何も迷惑をかけないのであれば、そこを評価の対象にしない。

つまり、遅刻して仕事に遅れてこようばやることをやって成果を出せばそれでいいと思うタイプ。

なので「おはようございます。」と言えなくても何も問題ないと思う。

能力が高くて挨拶ができない人と、能力が低くて挨拶ができる人だったら仕事上は前者を評価する。というはなし。

だけどね、「おはようございます。」と言うことで仕事が効率的に行えることを知っていながら、あえてやらない人はあまり好きになれない。


スポンサードリンク

残念ながらこの世は「挨拶」ができる人の方が優遇される。

昔は与えられた仕事こなすだけで評価され、給料も時間とともに上がっていった時代があったそうで多分その悪しき時代のシステムの関係で「人当たりが良い」「礼儀が正しい」「挨拶ができる」という能力の差は仕事の評価につながったのだと思う。

さらにそれは今の時代の会社という単位の中に深く根付いている。

だから、よほどの能力の差がない限りめんどくさいけど挨拶ができる人の方が評価は高くなる。

「おはようございます!」とすれ違うたびに言える人の方が好まれる傾向にある。

好まれるのであれば協力を得られる。

そんなバカな評価や人に好かれるたびに媚びへつらうような行動を取りたくない。という意見はすごくよくわかる。

しかし、一日で数度ペコっとするだけで、周りの協力体制や見方が代わり、仕事がやりやすくなることがある。

僕も根底には挨拶なんてどうでもいい。仕事はできれば何もいう必要はない。と考えているタイプなのでどうでもいいのだが、社会人を10年近くやってるとどう考えても挨拶をやっといた方が楽に仕事をこなせることがわかる。

それを挨拶なんてできなくたって、と意地を張ってまで素っ気なくすることで、嫌われ、協力的な対応をやってくれない同僚ばかりに囲まれてしまえば、結果的に自分の仕事の能率を下げることにもある。

だから、挨拶や礼儀などというものを重視していなくても、自分の仕事の効率を上げるためにも最低限の挨拶や真面目さのアピールなどは必要だと思う。

一度損すると覚悟を決める。

挨拶やめんどくさいけど愚痴を聞いたりすることで、仕事を円滑に進めることができるならコストと思って支払えばいい。

こういう作業がいるときに僕は「損をする覚悟をしよう。」と思うようにしている。

こういう対応をするときはその時点ではマイナスな要素しかない。時間は食うし、愚痴を聞いていると僕は吐き気がするのでいいことはない。しかし、その代償を払うことでその後の自分の仕事を効率よくこなすことができるのならば、結果的に得することになる。

その見極め、バランスは難しいが慣れてくるとどうということはない。

一度損すると自分の中で覚悟する。そうすることで結果的にリターンがあるのだったら迷わずやれる人は僕の中では仕事ができる人だと思う。

意地をはる人で仕事のできる人は少ない。

最後に言えること。

別に愛想を振りまいて自分の地位を確保しろと言ってるのではなくて、ちょっとした礼儀というのは案外武器として使えるということ。

やりすぎると無駄な時間の方が増えるのでほどほどにやるのがコツ。

利用できるものは利用しよう。

という話。

それでは、月見水太郎(@tuki_mizu)でした。




スポンサードリンク

\心の底からシェアして欲しい。/

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

ABOUTこの記事をかいた人

現役看護師ブロガーです。毎日を最適化して自由に生きるための情報発信をしています。 月間10万人以上に読まれるブログ「つきみず書庫」を運営中。 医療・看護師関連の未来の働き方についても情報発信しています。 お仕事のご依頼はメールかTwitterのDMからよろしくお願いします。
メールアドレス:tukimimizutarou@gmail.com
twitter facebook follow us in feedly RSS twitter