疑問を持たずに働くことの弊害。だから社畜なんて呼ばれるんですよ。




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疑問を持たずに働くことは怖いことだ。

なんで人は変わろうとしないのだろうか?疑問を持って日々過ごさないんだろうかと思う。

残業がつけれない?つけていないだけでしょう。

会社で働いていると少なからず残業をするところも多いと思う。僕の働いている環境も多分にもれず残業がある。もちろん残業代はしっかりとつける。

しかし、ある日別部署の人から「残業代なんてつけことがない。うちの部署ではそんなものほとんどつけないよ?」と言われた。

僕の中「??」が飛びかって、理由を聞いてみると「つけたことがない。」「つけれない。」などととくに論理的な理由もなく単純に「みんなつけてないからね。」という意味不明な回答が返ってきた。

そしてそんな理由なのに「つけれない。」という結論に至ってサービス残業には目をつぶっているという。ちょっと思考停止も甚だしいと思う。


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残業をつけないのが当たり前。

一日の勤務時間が決まっていてそれ以上に働いたら残業申請しそれに対する対価をもらうことは当然だと思うのだが、日本人というのはこういう感覚の人が本当に少ない。

しかも、つけれないことが当然になってしまっている(単純にそこの部署、もしくは個人がそう勘違いしている)から残業をつけている人に対しての軽蔑のような眼差しさえある。

おかしいのは自分たちだということを全く理解しないまま。

もう少し突っ込んで話を聞いて「それは意図的につけてないんですか?」と聞いた。「つけれない。」というのは何か上司からのバイアスがかかっているのか?ということも同時に聞いた。

すると、

「いや、そういうわけじゃないけど。」

「ん?」

「残業に関して何か交渉とかつけていいですか?とか尋ねたことはあるんですか?」

「やったことがない。」

労使交渉はおろか、残業申請もほとんど出したことがないときている。つまり行動を何もおこしていないんだけど、みんながなんとなくつけていないから残業を申請していないのだという。

疑問を持たずに働くという弊害。

僕は理解できないのだが、その人は当たり前という感覚が正義だと感じているように思った。

たくさんの人がそうしているからそれがルールでそれに疑問を持つことはなく。なんとなくその当たり前が正当であるかのような錯覚に陥っているのだ。

疑問を持たずに働いていることの弊害。

こういうタイプの人は毎日を最適化しようという感覚も薄いため仕事もできない人が多い。

そして行動も起こさないため、鬱憤のようなものだけが堆積していって愚痴や意味のない妬み、嫉みにつながる。

自分だけで完結させてればいいが、他の人への攻撃などをするタイプであれば害でしかない。

月見的(@tuki_mizu)見解

なんにしても疑問を持つことが大事。そしてその疑問を離さずに行動に移しトライ&エラーでどんどん変えていくべきだ。

もちろん自分の疑問がまちがっていることもあるんだけど、ただ漫然と過ごすよりも100倍いい。

今回は残業についてだったけど、ビジネスパーソンとして企業で働いていれば腐るほど疑問は出てくると思う。人間は基本的に団体で働いていると非効率なことをやってしまいがちだ。

だから疑問を疑問で終わらせない意識を持つことが大事。

それでは、月見水太郎(@tuki_mizu)でした。




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