人を判断することをやめることで、嫌な奴とストレスなく付き合えることを知った。




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2017 02 26 15 30 59

人間はつい判断をしてしまいがち。

この人は人のやった仕事にケチをつける人だ。

この人は働かない。

この人は愚痴ばかり。

そういう自分の判断をすることで、人は納得を得ようとする。

愚かな人はいなくならない。

極端な話だけどこの「判断」を辞めることで、人はすごく楽になれる。

人間にとって一番大切なのは、「心に苦悩を溜めない」ことです。どんな幸福感も、苦悩(という反応)によって、いつも台無しになってしまうからです。  とすれば、苦しみを引きずることになる相手への判断も、ないほうがよいのです。

ブッダの言葉の中にも出て来るんだけど、相手をネガティブに判断したことによってそこに生じる苦しみってずーっと続いていくもの。

冒頭でも書いてるけど、この人は働きもしないし愚痴ばかり言う人だなー。とその人を判断してしまうと、ずーっと働いている間その人のことを負の感情で観てしまうのが人間なのだ。

そうすると結局損をするのは判断した自分なのだ。

僕は人と人が関わりあって生きていく以上「愚かな人」というものは絶対に存在するものだと割り切っている。

判断をやめると心が楽になる。

そのどこにでもいる存在を「こういう人だ。」と判断して、関係している間中何か負の感情を心に抱いているのがめんどくさくなった。

だから「こういう人だ。」という判断をいっその事やめてしまおう。そう思って日々生きることにした。

判断をやめるとその負の感情が溜まっていく感じがなくなるので、すごく楽に生きれる。

そして、客観視できるのでその人の本当に悪い部分や良い部分というのが見えやすくなる。

嫌な奴と仕事する、関わりあうって結局自分が判断した嫌な奴と付き合っていただけなんだよね。もちろん自分を意識的に不快にする奴と一緒に仕事する必要はないし無視してもいいんだけど、まず自分が判断することをやめることでストレスがなくなる。

最初難しんだけど、不快になる言動や態度に遭遇した場合にただ川の流れを見るかのように見送る感じ。

野球でいうと見逃す感じ。

見逃す感じはその不快な部分に触れないのですごく気が楽になる。

抽象的な表現だけど、一度試してほしいな。

最後に言えること。

結局自分の人生を豊かにするためには、自分の時間を自分のために過ごすことに限る。

それはつまり、クソみたいな輩と一緒にいることを極力なくす。そしてその相手に反応しないということが大事なわけで、この判断しないというのはそのために必要なスキルだと僕は思う。

仕事場やコミュニティで何か嫌な奴がいる場合に使ってみてほしい。

それでは、月見水太郎(@tuki_mizu)でした。




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